儀式としての千切りとピーラー

ピーラーなんて邪道だ。そんな風に思ってた。しかも千切りするなんて。 よく研いだ包丁を手に持ち、ふきんで拭いたまな板の上にキャベツ(人参でも可)をのせ、 呼吸を整え、切る。きる。キル。 そんなひとつの儀式でもある千切りをこれ以外の方法でやるなんて考えたこともなかった。

by BASE Mag. 公式

儀式としての千切りとピーラー

編集日時: 2015/08/18 15:19

ピーラーなんて邪道だ。そんな風に思ってた。しかも千切りするなんて。


よく研いだ包丁を手に持ち、ふきんで拭いたまな板の上にキャベツ(人参でも可)をのせ、

呼吸を整え、切る。きる。キル。

そんなひとつの儀式でもある千切りをこれ以外の方法でやるなんて考えたこともなかった。

 

そんな僕が出会ったのが、ヨシタさんのショップ「ヨシタ手工業デザイン室」

http://yoshita.thebase.in/ 

ショップを見てもらったらわかるけど、作品はシンプル。だから手に持った瞬間に素材を手のひらで、

指先で感じることができる。

そもそも料理をしなかった僕が、ここ1年料理に興味を持つことになって、儀式としての千切りから離れたくなってきたタイミングもあったかもしれない。
そう出会いはタイミングなんだ。

 

千切りピーラーを手に入れてからというもの、キャベツを食べることが増えた。そのままでも、焼いても、スープにもできる八方美人野菜は重宝するし、何よりピーラーを使うのが楽しい。食べることだけでなく、その行程すらも楽しくできる調理器具は他にないんじゃないのかと思う。腕をふると等間隔に切られたキャベツが落ちていく様は何度でも見たくなる。

 

やろうと思えば儀式としての千切りでも充分食べることはできるんだけど、逆にいうと千切りピーラーがなければ、ピーラーから滑り落ちる体験もできない。

自分ひとりで楽をするために使うのもいいし、大切な人と一緒に楽しい料理の時間を作るためでもいいのかもしれない。

使う人の数だけ物語があるんだから

 

http://yoshita.thebase.in/items/875016

儀式としての千切りとピーラー

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