アクセサリーに使用される何気ないビーズにはガラス製造の長い歴史が関係していた!

チェコ装飾品の歴史について記載しております。チェコの技術や装飾品についての歴史を知っていただくことによって、ビーズやパーツ一つ一つの魅力が奥深いものになれば、と考えております。アクセサリーに使われているビーズがチェコから日本に届いてるわけですが、どういう経緯で作られるようになったか、ということを知っていただきたいです。

by Emilie チェコビーズアクセサリー

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チェコ装飾品の歴史について

編集日時: 2015/12/20 21:30

今日はチェコのガラス装飾品の発達について書きたいと思います。チェコのパーツについての背景を知ってもらい、その魅力が皆様にとって奥深いものとなるように、今後紹介していこうかと思います。

何気なく日常つかっていただけるような、アクセサリー作りを目指しておりますが、その何気ないビーズにはガラス製造の長い歴史と、人々の努力、そして美へのあこがれが詰まっているのです。今日はチェコのガラス装飾品の発達について書きたいと思います。19世紀70年代には、機械化が進み、動力技術の開発が相次ぎました。その技術はガラスの加工分野にも及び、それまで砂岩で貴石を削る技術をそのままガラスに使っていたのですが、手間暇かかりました。

1892年にはボヘミアガラス職人の息子、ダニエル・スワロフスキーという人が、電力で正確に効率よくガラスを宝石のように削る機械を開発します。このスワロフスキーはよく知られていますが、現在でも大変有名なクリスタルメーカーのスワロフスキーの創始者となりました。(このダニエル・スワロフスキーもチェコ北部の生まれです)ダニエル・スワロフスキーは翌1893年に水力発電に注目して、オーストリアのインスブルック近郊へ移住してしまいます。一方チェコ北部では、Jäger兄弟が同様の機械を開発、生産を始めます。Jäger兄弟が始めた会社は後に現代チェコを代表するシャンデリアメーカーのPreciosa社になります。

(写真はチェコ北部にある、装身具博物館内展示物)

機械によるガラス研磨技術は、幾何学的に多角形に貴石を研磨する技術も取り入れ、発達していきました。同様にガラス着色技術も発達し、自然界にはないような色が開発され、それに影響を受けた、ダイナミックなデザインもたくさん考案されました。

ガラス玉と言い切ってしまえばそれまでかもしれませんが、現在のチェコからのガラスには、上記のような歴史の積み重ねが詰まって、それが皆様のアクセサリーとして煌めいているのです。


チェコ装飾品の歴史について

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