小学生からの夢を叶えた「SELENAHELIOS(セレナヘリオス)」デザイナー・UDAが服を作る理由

いつの間にかスタートしていたというブランド「SELENAHELIOS(セレナヘリオス)」のデザイナーUDAさん。アパレルブランドでデザイナーとしての経験を積み、自分が着たい服を自作していたものがそのままブランドに。そんな彼女のこれまでとこれからについてお話を伺いました。

by BASE Mag. 公式

小学生からの夢を叶えた「SELENAHELIOS(セレナヘリオス)」デザイナー・UDAが服を作る理由

編集日時: 2016/10/05 15:29

雑誌NYLON(ナイロン)に掲載されたり、E-Girls(イーガールズ)のメンバーが着用したりしたことで、じわじわと話題になりつつあるアパレルブランド「SELENAHELIOS(セレナヘリオス)」。どこかセクシーさを醸し出すファッションアイテムたちはどんなイメージから、どのように作られていくのか。デザイナーであるUDAさんにお話を伺いしました。

いつの間にかブランドを立ち上げることになってました



ーー このブランドを立ち上げたきっかけはなんですか?

きっかけというきっかけはなくて(笑)いつの間にか始まっていた、というのが正しいかもしれないですね。もともとは自分が着たい服を自分のために作っていたのですが、Tシャツに手縫いでリングを付けた服を着ていたとき、友人から「その服、めっちゃかわいいね!」と言われて。そこから作ってあげたり、売ったりしていたら雑誌に掲載されるようになり、みんなが気に入ってくれるようになりました。その経験がもあって、「これを自分のブランドとしてやっていこう」と思い、誕生したのが「SELENAHELIOS(セレナヘリオス)」です。

ーー いつの間にかブランドになっていたと。

もともと、ファッションブランドのデザイナーとして働いていて、いつか自分のブランドを持ちたいとは思っていたので、振り返ってみるとちょうど良かったのかもしれません。

子供の時からこの世に自分が着たい服がないと思ってた

ーーいつからデザイナーになりたいと思いはじめたんですか?


わたしは小学生の時からデザイナーになりたいと思ってました。子供の頃、自分が着たい服はなくて全部ダサいと思ってましたからね。でも家庭科の授業が苦手で、デザイナーって縫い物ができないとなれないかもという不安が生まれてしまい……。どうしようか考えた結果、「ショップ店員になればいいんだ!」と思い、高校を卒業してからすぐショップ店員として働き始めました。

ーーショップ店員としてアパレル業界に足を踏み入れたんですね。

実際、ショップで働いてみると、他のスタッフはみんな25歳〜くらいで。18歳のわたしからしてみれば全員大人に見えたんです。わたしがマネキンに服を着せると先輩たちに理解されなくて、わたし自身も先輩には口答えできなくて。

すっごくイケてるのになんでわかってくれないんだろうと悩んだ結果、学校でファッションに関する知識をしっかり身に着けたら、いつか先輩たちを言い負かす事はできるかもしれないと思ってアパレル店員をやめて専門学校に通うことにしました。そこでも縫い物は苦手だったので、デザイナーではなくスタイリスト科を選びました。

ーー自分のセンスを認めてもらうためにまずは知識を身につけようと。

はい。結局学校は途中で辞めて、友人とセレクトショップを立ち上げることになるんですが、そこでやっぱりレディースのアパレル作りたいって思って、とあるブランドのデザイナーになれたんです。

夢は叶ったけどまだまだ満足いっていない


ーーそうして夢だったデザイナーに。

夢だったデザイナーになれたのですが、わたしはまだまだ満足していなくて。お金をかけてプロモーションしたり、展示会を開催してお客さんを呼んだり、いい場所でショーをするのはお金があればできるんですよね。でもそれって本質的にはわたしのデザインを気に入って選んでもらっているのではないと。お金かけて人気ブランドになっても嬉しくないと思ったんです。

ーーたしかにお金で解決できることは多いですね。

わたしにとって一番嬉しいのは、お金をかけて多くの人に着てもらうことではなく、身近な友達が選んで着てくれることです。友達は嘘をつかないし媚びたりもしない。気に入られたいから着るのではなく、いいと思って着てもらいたいんです。それに、友達に着てもらうことが一番の広告塔にもなるじゃないですか。展示会もしたいですけど、本当にいいと思って選んでもらうことが一番嬉しいです。

ーー自分のセンスを信じているんですね。

女性者のかわいい服はどこにでもあるし、女性がメンズブランドの服を着ることもありますよね。でも男性が着れるようなレディースアパレルってほとんどない。男性は歴史とかバックグラウンドで服を選ぶんですけど、女性はそうじゃないんですよね。

わたしは女性にもバックグラウンドを知って物を選んでもらいたくて。男性も着たくなるようなかっこいい服を女性向けに作りたいと思っているんです。絶対にメンズサイズは作らないですけど(笑)。



ーーかっこよさとセクシーさを兼ね備えた服はどのように生まれるんですか?

昔からHIP HOPや80-90年代のブラックミュージックがすきなんですけど、服を作るときのインスピレーションはそういったところから得る場合が多いです。どの服にもミューズがいます。中学生の時はギャルだったんですけど聞いてる音楽はずっとヒップホップでした。音楽はもちろんですが彼ら彼女らのファッションがすごく好きで。セクシーだけど下品ではないヘルシーさもインスピレーションの根源です。

ーーヒップホップが好きなギャルって珍しいですね。

B-GIRLになってもおかしくないくらいヒップホップを聴いていたんですが、B-GIRLにはならなかった。それはたぶん日本のB-GIRLがおしゃれじゃなかったからだと思います。メンズ服をだらしなく着て「B-GIRL」っていうのが嫌だったんです。だって女だし色気のない服を着るのはいやじゃないですか。隠せば隠すほどだらしなくなっていくし美しくいたいから。なので昔のブラックカルチャーからインスピレーションを受けつつ、サイズはいまどきっぽくアレンジしています。

ーーどんな風に着こなしてもらいたいですか?

​服を作る上での絶対的なポイントは「セクシーさ」なんですよね。なので色気を存分に出してほしいですね。商品画像は着用画像を使用していますが、彼女たちのようにルーズになりすぎない程度に着こなしてもらいたいです。露出が多ければいいというわけじゃないんです。


ーー子供の頃から自分のセンスを信じて突き進んだ結果、本当に自分が作りたかったものを見つけ、自信を持ってすすめられる商品を作ることができるようになったUDAさん。将来的には路面店を持ちたいとも語っていました。友達がわたしの作った服を着てくれることが何よりもうれしいと話してくれたUDAさんの次の作品も楽しみです。


SELENAHELIOS(セレナヘリオス)
2016年よりブランドスタート。
80、90年代ブラックカルチャーからインスパイアされた、セクシャルでエッジーなアイテムを展開。
国内のヘッズ達はもちろん、ファッション界を引率するモデルやスタイリスト、アーティスト等の愛用者も多く、目まぐるしいスピードで着実にファンを増やしている。

デザイナー : UDA
1986年生まれ。
幾つかのアパレルブランドのデザイナー経験を経て、自身のブランドをスタートする。
幼少時から影響を受けた80、90年代のブラックミュージックを敬愛し、HIPHOPのDJとしても国内のイベントにも多数出演。
ペイントアーティストとしても、他ブランドへの作品提供も行っている。

 
小学生からの夢を叶えた「SELENAHELIOS(セレナヘリオス)」デザイナー・UDAが服を作る理由

このアイテムが気に入ったら
「いいね!」をしよう!

BASEの最新情報をお届けします